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この度、児童文学評論の出版に力を入れている株式会社「てらいんく」から、安房さんについての本を出しまして、その縁で皆様に少しお話しすることになりました。
さて時間も短いので、さっそく本題に入りますが、作家になってからの安房さんに関しては皆さんよくご存じでいらっしゃいましょうから、今日は、「あじさい」以前の安房さんを中心に、その関連で後期のいくつかの作品についても言及しようと思います。
(一)なぜ「あじさい」(のち改題して「青い花」)以前の安房作品に強く関心を持ったのか。
そもそも私が安房さんの作品を最初に読んだのは、ずいぶんおそくて、1996〜7年のころでした。ポプラ社文庫の「きつねの窓」。『風と木の歌』に収録作品が多く重なっている短編集です。
印象は、いささか、ふつう語られているものとは違いました。もちろんその頃は、どんなことを言われている作家か、などということは知りませんでしたが、これは一九五、六十年代初頭の同時代文学だ、若き日の大江健三郎さんや倉橋由美子さん、そしてまた現代詩手帖の詩人たちの語感に、何かがよく似ている、そう記憶に留めたのです。
それから5、6年たったある時、私は、かつて安房作品を薦めた友人から、逆に未知の安房作品(それは、「雪窓」や「鶴の家」でした。)を薦められ、読み進むうちに、この作家の作品を残らず全部目にしたいと強く思うようになっていました。それは一種不思議な感じでした。どこまでも読み続けても、絶対に裏切られないだろう、と言う確信。そして、自分がどこか確実な未来に達するという、なんとも不思議な信頼の感触。
青梅市に武田秀夫さんというエッセーイストの方が住んでいらっしゃいます。その方が一九九三年の「日本児童文学」安房直子追悼号に、こんな文章を寄せています。「きつねの窓」をひらいて読み終えたとたん、あっという間に、彼にはわかった、というのです。この人の作品を次々に子どもたちと読んでゆく、それが自分の次の仕事だ、と。彼は、ちょうど教職を辞した時でした。
ひとりの人が、ひとりの作家の一つの作品を読んだだけで、自分が何をすべきかわかってしまう。これは尋常なことではありません。しかし、ほぼ似たようなことが起こっていた私には、彼の言葉は信じられました。
論理的には、武田さんや私の身に起こったことは、すべての作品に、ある同じものが流れていることによるはずです。ただし、同じものが同じ形であり続ければ、すぐに飽きてしまうはずです。同じものが流れている。ただしそれは、おそらく作品に直には現れず、それぞれの作品は一回ごとに、当の同じものに向かう試行錯誤のようなものであるのに違いない。そう考えられます。
(二)マストに書かれた「詩」とは何か?
かつて、彼女は「海賊」のマスト欄にこんな事を書きました。「どんな作品でも、『詩』を失う事の無い様にと思っています」。これは「海賊」の初期に2度試みることのあった、メルヘンではない作品のひとつ、「とげ」の号に添えられています。一九六七年のことです。見過ごしてしまいそうな何気ない言葉ですが、これが「とげ」に添えられていることが、私にはとても意義深く思えます。
10号の「くるみの花」についてなら、少女と少年の交流が描かれているので、そこに「詩」があると言うのは童話の同人誌のあとがきとして、ふさわしいかもしれない。けれど、「とげ」は、そういう作品ではありません。浜辺で子どもたち同士だけで遊んでいて、ひとりが死んでしまう。その事件直後の心理劇です。主人公ひさえは、自分に咎があるだろうと半ば想像し、かつそれを、でも明白なことではないのだからと、自分をごまかしてゆく。その彼女の複雑な心に対して、母親は、利己的に彼女の責任逃れに荷担する。おまえのせいじゃない、と。そういう作品です。
この作家は、およそ作品を書く以上は、絶対にそこから失われてほしくないものを、つねにしっかりと持っていた、そしてそれはここにもあるよ、と、その「マスト」の言葉で告げている。そう考えられます。言葉は「詩」ですが、実はもっと切実なものなのかもしれない。
私が安房作品に直観して捜していたものは、そういうものであるはずです。メルヘンにだけあるのではない。またそれは、たとえ注文に応じて、時代に合わせて書いたものであっても、自発的に書いたものと同じように、含まれている。
(三)孤立と緊張と
しかし、詩という言葉で言いたかったものが何か、の答は、もうその「とげ」と「くるみの花」に、しっかりと浮き出てきているのではないでしょうか。このメルヘンでない2作品、かたや6才、かたや10才の少女を主人公にした心理小説には、その後の彼女の作品に共通したものが、濃くあります。それはいささか年齢不相応であるかもしれない孤立と緊張と、です。
このふたつのもの、世界に対する人の存在の根幹のようなもの、それを作品の中に刻み込む時、彼女はもっとも詩を感じるのではないだろうか。
ここから私は、この孤立と緊張との表現の、この作家の原型をもとめて、「あじさい」以前の作品をたずねたのです。
そして、そのような孤立と緊張とが最も鮮明にあふれ出ている初期の5篇の作品に出会いました。
あるいは、人は、これらの5篇を、要するにただの習作に過ぎないと言うかもしれません。
たしかに、これらは、孤立と緊張を表現した作品というよりは、むしろ孤立と緊張そのものが、作者の狙った「お話」という形をこわしてまで噴出してきた姿なのかもしれません。
例を高校一年の時の「風船」にとりましょう。はやらない洋品店の店主が、宣伝のために風船を飛ばします。その中にたったひとつ、彼は夢を入れます。店の最高のドレスをプレゼントします、という夢。それを着ることになる人に出会う、という夢。一人の少女が拾います。けれど彼女は、拾った紙切れが信じられない。それを捨てます。ここに描かれるのは、まず、ふたりのそれぞれの孤立です。店主は、ひたすら待ち、拾い主が訪れないことの中に生き続ける。一方、信じない少女は、これまた永遠に信じません。彼女は相談する相手もなく、ひとりで、いったんは信じかけた紙切れを処理します。彼女はけして柔らかきものを心に導きません。
どうか、ここでひとつ想像してみてください。
たとえそれが高等学校の文芸部誌であっても、いいえ、そうであればなおのこと、ふつう、人がお話を書こうとすれば、お話というのは、この孤立する両者が、何らかの関わりを持つ。持たせたいと思って、設定する。そして、書いてしまって、こんな非難を浴びるのではないでしょうか。安直に仲良くなりすぎる、とか、夢みたいなことを書けばそれでいいわけじゃないよ、とか。
しかし、安房直子という人にあっては、どうやら、はなから、書くと言うことが人とは違っていた。
一方に永遠に信じない少女、一方にひたすら待つだけの店主。ともにけして交わらず、孤立の中にとどまる、そう描くことが、この書き手にとっては詩だった。初期の作品を、まとめて何度も読み返すと、そういうことが私たちにわかってきます。
「星になった子供」もそうです。「蝋燭」もそうです。
緊張の方を取り上げれば、高校三年のときの「ひまわり」とその改作が典型です。描かれる人物の孤立を人間同士の関わりの中に求めて、作家は意識家の主人公を設定し、といっても6歳の少年なのですが、彼を同様の意識家の同い年の少女とかかわらせ、その少女「シーちゃん」に、思いっきり振り回させます。のちの「夕日の国」の「ぼく」と嘘つき「咲子」の姿が、すでにここにあります。意識家は、どれほど人と関わろうとも、意識家であるというその一点にとどまる限り、孤立の外に出ることはありません。そして、出たいけれど出られないその一瞬に、緊張が最も高まるのです。
(四)「月夜のオルガン」
けれど、これらの初期の作品について重要なことは、「風船」のように、「ひまわり」のように書きながら、書きたいと思いながら、それでも書き手は、これではお話が成立しないことを、明らかに苦しんでいるということです。
「月夜のオルガン」は、大学二年の6月に発表されました。
作品をご存じの方にはもうお解りのことと思いますが、この作品の主要な登場者である、たぬきの兄弟と、それから村の先生や子どもたち、彼らは互いに完璧に孤立した存在です。けれど、一方がたぬきであることが、孤立から、暗さをはぎ取ります。明るく孤立するのです。分教場の女の先生には、人間の中での軽い孤立が描かれます。けれどオルガンを弾くその指先に、軽くこめられた魔法のニュアンスが、彼女の孤立を、これも明るく保ちます。
では緊張は、どうなるのでしょうか? たぬきの兄弟は、人間たちに見つからずに、夜中の教室にこっそり忍び込まねばなりません。一方分教場の女の先生は、自分の未来が見えないままに生きてゆかなくてはなりません。彼女は、軽い意識家です。
この設定をドラマへと展開できなければ、すべては、高校生の頃の作品とさほど変わらなかったはずです。けれど両者を直接に交流させるという段取りは、それをけして持ちこまない、ということが、この作家にとっては詩でした。
どうやって、矛盾する右のふたつの要請を両立させるか?
彼女は、このとき、初めて、子供の頃から慣れ親しんだおとぎ話の魔法を、自分の作品に導入します。たぬきの兄弟の指先が、当人たちの自覚なしに壊れたオルガンを直してしまう、というのが、それです。そして村の先生や子どもたちは、とにかく直っていることを喜ぶのです。実際の交流のなさは、ほぼ「風船」の店主と少女とのそれに匹敵するのに、物語という枠を外から見れば、彼らは交流する。魔法が、ただそれだけが、孤立と緊張の設定をそのままに、読み手にとってのドラマに展開する。
子供の頃から慣れ親しんでいたという魔法。……その導入を実践して、ここにはじめて安房直子というメルヘン作家が誕生した、そう言えるのではないでしょうか。
(五)後期の作品の中で
この孤立と緊張は、彼女のメルヘン作家としての輝かしいキャリアの中では、見えにくい場合が多くなります。
擬人化された人間以外の登場者の頻繁な導入で語られる物語は、一見、これらの初期の頃とは異なって、多くが人間たちとむつまじく交流するからです。「きつねの窓」とか「雪窓」とかのように。また緊張にも、いつもそれにふさわしい状況が用意されるからです。「うさぎ屋のひみつ」の盗みの場面のように。
「日暮れのひまわり」のように、孤立と緊張とがむきだしで中心主題に据えられるのは、ごくごくまれにです。
けれど今からふりかえってみれば、それが晩年にあたる時期だった八十年代後半以降、孤立と緊張の主題は、あきらかに作家の仕事の中心部に戻ってきます。それも見違えるほど力強く。
その予兆の様な作品が、幻の短編連作「花びら通りの物語」で、その第一話「ひかりのリボン」の、窓から花びらをまき散らす少女の心の風景は凄惨です。赤ちゃんを死なせたのは自分だ、と思いこむ幼子の、年齢不相応な緊張と孤立は、痛ましい。
刊行本『花豆の煮えるまで』に6篇までがおさめられた「小夜の物語」は、孤立と緊張を描いた最高峰です。作家には、なぜ自分がこの物語を書くのかが、よく分かっていただろうと思えます。童話を書くということのすべては、この主題から始まったことを、作家はよく知っていたはずだろう
からです。そのことは、主人公小夜にも反映されます。小夜は、なぜ自分が孤立しているのかをよく知っている少女に設定されるからです。けれど知ってもなお、それは、わけを知らない初期のころの主人公と同様に、少女にはどうすることも出来ない。そんな小夜の、孤立と一種さわやかにさえ感じられる緊張が、たとえば「風になって」などには、よく描かれています。また「紅葉のころ」では、山の精の出てくる初期の「霧立峠の千枝」を裏返したように主題が展開します。裏返すというのは、自分が誰かをわからない千枝に対して、小夜は自己自身を知っているという意味です。
(六)「うさぎ座の夜」
この連作の中で、どの作品がもっとも孤立と緊張と、そして悲しみとにおいて深いかと言えば、私は、あの「山んば、ごめんね」というセリフを含む「大きな朴の木」ではなく、「うさぎ座の夜」だろうと思います。その理由は、この一編の持つ〈見る〉という主題にあります。もとより連作の小夜は、〈見る〉ということが彼女の人生そのもののように描かれる少女です。それが、ここでは、小夜は、特別に、見る人なのです。何を見るか?
かつての「風船」や「ひまわり」の主人公たちは、何を見て生きればいいのか、本当には知りませんでした。ただ、訳のわからない孤立と緊張とが彼らを支配していました。そしてその姿を、作家は、何とか描こうとしていました。もちろん、なぜ、それがわからないのか、も、彼らは知りませんでした。「海賊」時代に入っての、「とげ」の主人公ひさえだけが、かすかに気づくのです。たぶんそれは赤ちゃんの頃からあったのだろう、と。
小夜はそれを知っています。自分の手袋が、人形となって、手の届かない向こう側に、ただ見ることしかできない向こう側に位置しているからです。
自分のものなら、取り返せばいい。……しかし、傍らのうさぎは、こう言います。「裁判」がいる、と。それが小夜の突きつけられている現実です。もう、彼女は見ることなど出来ない。少し大げさに言えば、こうした瞬間を生きる小夜の生こそ、あの初期作品の主人公たちの状況そのものだったのだと、私は思います。早く終わって欲しい、終わったら、すぐに、向こう側へ、飛び込む。それだけが願いであり、やるべき事である緊張した少女の姿を、ただただ愛らしさに描いて、作家はこの世を去りました。
作家は、ときどきこのような道のりで、彼ら自身の本当の仕事を成し遂げます。最初に文学に手を染めた、その動機が、長いキャリアを積んだ後に再び甦って、作家の最後の仕事を形作る。
おそらく実人生において、彼らがもっとも人に伝えたいと願っていたことは、このような回り道をしてしか、外に出てゆくことがなかったのでしょう。その道をひたすら辿った彼女は、まさに正真正銘の作家の一人だったのです。
本稿は、第6回花豆の会の講演原稿に,加筆していただいたものです。 |